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東京高等裁判所 平成3年(行コ)113号 判決

静岡県浜松市元目町一二〇番地の一

浜松税務署長事務承継者

控訴人

浜松西税務署長 安藤時和

右指定代理人

加藤美枝子

石井一成

金川裕充

小田嶋範幸

静岡県浜松市佐鳴台四丁目四番二一号

被控訴人

氏原定雄

静岡県浜松市佐鳴台四丁目四番二一号

被控訴人

氏原やす

静岡県浜松市佐鳴台四丁目四番二一号

被控訴人

氏原強

右被控訴人ら三名訴訟代理人弁護士

石田亨

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

主文同旨の判決

第二事案の概要

本件は、被控訴人らの昭和五九年分の所得税について、浜松税務署長(平成元年七月一日付大蔵省組織規定の一部を改定する省令(大蔵省令第五八号)により、控訴人がその事務を継承した。)が昭和六一年三月五日付けでした所得税更正処分のうちの申告納税額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(以下右各処分を一括して、「本件課税処分」という。)の取消しを求める抗告訴訟である。

1  当事者間に争いがない事実-昭和五九年分の被控訴人らの所得等

(1)  被控訴人氏原定雄(以下「被控訴人定雄」という。)は被控訴人氏原やす(以下「被控訴人やす」という。)は夫婦であり、被控訴人氏原強(以下「被控訴人強」という。)は同夫婦の長男である。

(2)  被控訴人らは、昭和五九年中に、浜北砕石株式会社(以下「浜北砕石」という。)から、被控訴人定雄は八四〇万円、被控訴人やす及び被控訴人強は各六三〇万円(三名分合計二一〇〇万円)の収入があった。これらの収入から、それぞれ必要経費(被控訴人定雄については九二万円、その余の被控訴人らについては各三一万五〇〇〇円)を控除した右の収入に係る所得は、被控訴人定雄分が七四八万円、被控訴人やす及び被控訴人強分が各五九八万五〇〇〇円となる。(以下、右の各所得をいずれも「本件所得」という。)。

(3)  本件所得を除いた昭和五九年中の被控訴人らの所得等は、次のとおりである。

ア 被控訴人定雄

事業所得 二八万九八三〇円

不動産所得 六〇万〇〇〇〇円

給与所得 三〇〇万五八〇〇円

所得控除 八一万二一七一円

源泉徴収税額 三二万九一〇五円

イ 被控訴人やす

給与所得 五〇万二四一六円

所得控除 四五万八四七〇円

源泉徴収税額 四四〇〇円

ウ 被控訴人強

給与所得 二六六万三四〇〇円

所得控除 六五万六一三八円

源泉徴収税額 二四万八五〇〇円

2  本件課税処分に至る経緯等

ところで、資産の譲渡による所得は、原則として譲渡所得に該当する(所得税法三三条一項)が、営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得は右譲渡所得には含まれず(同条二項一号)、また、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得は、雑所得に分類されることとなる(同法三五条一項)。

本件課税処分は、被控訴人らが同人らの昭和五九年度の所得税について、本件所得が譲渡所得に該当するものとして確定申告したところ、浜松税務署長が右所得は雑所得に当たるとしてした処分であり、その経緯は別表一ないし三記載のとおりである(この点も、当事者間に争いがない。)。

3  当事者双方の主張及び本件の争点

本件所得が雑所得であるか、それとも、譲渡所得であるかについての双方の主張は、次のとおりである。

(1)  控訴人の主張

控訴人らは、昭和五五年一一月ころ、浜北砕石との間に、別紙物件目録一ないし一五の土地(以下「本件土地」という。)に埋蔵されている岩石、山砂利(以下「本件岩石」という。)の譲渡契約を締結し、以後、昭和五九年まで同様の契約を締結して、特別の原価を要することなく、毎年合計二一〇〇万円の収入を得ており、昭和六〇年にも合計一八三五万円の収入を得ている。また、被控訴人らは、従来から、本件岩石の資産価値を知悉し、より有利に本件岩石が売却できるように、土地を買い足して地形を整えたり、自己に最も有利な売却先を探すなどした上、浜北砕石との譲渡契約においても、本件岩石の対価を物価の変動に応じて変えられるように、各年ごとの契約とするなどしてきたものである。したがって、右の各事実からすれば、本件岩石の譲渡は、所得税法三三条二項一号にいう「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」に当たるというべきであるから、本件所得は、雑所得に分類されるべきものである。

(2)  被控訴人らの主張

被控訴人らは、昭和五五年ころ、浜北砕石から、先祖伝来の家産である同人らの所有(共有)に係る本件岩石が公共事業に不可欠であるとしてその売却を求められたので、同年一二月ころ、譲渡代金を一〇年間に分割して支払うとの約定のもとに、これを一括して売り渡した。本件所得は、右譲渡代金の分割金の一部として支払われたものであって、所得税法三三条一項にいう資産の譲渡による所得であり、かつ、右譲渡には、営利性も継続性もないから、同条二項所定の除外事由には当たらない。したがって、本件所得は譲渡所得である。ちなみに、本件所得が譲渡所得であることは、所得税基本通達三三-六の三(平成元年一二月六日改正前のもの。以下同様。)、同三三-三に照らしても明らかである。

なお、被控訴人らは、税務署の指導に従って本件所得を譲渡所得として申告したものであるから、行政法上の信義則からみても、譲渡所得として取り扱うべきである。

(3)  本件の争点

したがって、本件の争点は、本件所得の種類が、譲渡所得であるか、雑所得であるか、換言すれば、本件岩石の譲渡が営利を目的として継続的に行われたものというべきであるか否かである。

第三争点に対する判断

一  甲一号証ないし四号証、乙四号証、同五号証、同八号証、同九号証、同一三号証、同一四号証、同二六号証、原審における証人鈴木勝政の証言及び被控訴人氏原定雄本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  浜北砕石は岩石の採取等を業とする会社であり、昭和四九年一月ころ、被控訴人らから、別紙物件目録一、二及び七の土地の岩石を代金二〇〇〇万円で買い受けて、これを採取したことがあったが、昭和五五年六、七月ころ、再び、被控訴人らに対して、本件土地に埋蔵されている岩石の譲渡を申し込んだ。

2  被控訴人らは、当初、浜北砕石に対し、本件岩石を一括して一億円で買い取るように求めたが、浜北砕石側では、資金的な事情や将来の砕石の需要に対する不安などからこれを断った。

3  そこで、被控訴人氏原定雄と浜北砕石の取締役である鈴木勝政との間で条件についての交渉が重ねられた結果、昭和五五年一一月ころに、先の昭和四九年の譲渡契約の条件などを参考に、山林面積などから、譲渡契約の存続期間を一〇年間とし、本件土地に埋蔵されている岩石の価格を全体でおおよそ二億一〇〇〇万円程度と見積り、浜北砕石は、採取量のいかんにかかわらず、被控訴人らに対し、毎月合計一七五万円の岩石代金を支払うこと、被控訴人らと浜北砕石の間で各年ごとに期間を一年とする継続的譲渡契約を締結することで基本的な合意に達した。

なお、右のように契約が一年ごととされたのは、浜北砕石の前記のような事情だけでなく、被控訴人らにおいても譲渡代金が将来の物価の変動等に対応できることを考慮したためであった。

4  そして、まず、昭和五五年一一月一〇日に、被控訴人らと浜北砕石との間で、期間を同年一二月一日から昭和五六年一一月三〇日までの一年間、岩石の譲渡代金を月額一七五万円(ただし、内金三〇万円は樹木代金の名目で支払う。)とする本件岩石の譲渡契約が締結され、浜北砕石は、昭和五六年から岩石の採取を開始した。

5  以後、右譲渡契約は、昭和五九年まで毎年一一月に更新され、これらの契約に基づいて、浜北砕石から被控訴人らに対し、毎月一七五万円宛年額合計二一〇〇万円の岩石代金が継続的に支払われた。被控訴人らが昭和五九年中に浜北砕石から得た収入も、右契約に基づく同年分の本件岩石の譲渡代金である。

6  ところで、右の一連の譲渡契約の内容は、昭和五七年までは当初の契約と同一であったけれども、昭和五八年ころに、岩石採取の対象土地に別紙物件目録一六及び一七記載の二筆の土地が追加され、昭和六〇年一〇月ころには、本件土地の一部である別紙物件目録一記載の土地が被控訴人らから浜北砕石に売り渡されるなど、採石の対象となる土地の一部が変更されている。

また、昭和五九年ころからは良質の砕石が減少したため、浜北砕石は、被控訴人らに代金の減額を求め、双方の合意のもとに、昭和六〇年中ころ以降は、譲渡代金が月額一四五万円宛に減額された。

7  その後、被控訴人らは、昭和六〇年一一月ころ、岩石の売買や埋立工事を業として行うために有限会社佐鳴興産を設立し、これ以後は、いったん同社が被控訴人らから本件土地を賃借し、同社が同土地の岩石を浜北砕石に譲渡するという形に改められた。

8  本件土地のうち、別紙物件目録記載九及び一〇の土地は、昭和四九ないし五一年に被控訴人定雄が松井吉良から売買を原因として移転登記を受け、その後、持分の一部を他の被控訴人らに贈与した土地であり、その他の土地は、被控訴人らが相続等によりいわゆる家産として保有していた土地である。

(なお、被控訴人らは、控訴人は本件土地が先祖伝来のものであることを自白したから、その撤回は許されない旨主張するが、右事実は間接事実にすぎないから、その自白の撤回が許されないとする理由はない。もっとも、控訴人は、被控訴人定雄が、昭和四四年ころから、不整形の土地を補い、相続した土地を採石用地として高く貸すために、第三者から土地を取得していたものであり、別紙物件目録記載九及び一〇の土地もこのような目的で取得したものであると主張するけれども、甲一二号証の一及び二、同二〇号証、同二一号証に照らすと、本件に現れた証拠からは、右各土地の取得の意図が控訴人主張のようなものであったと認めることは困難である。)。

二  ところで、本件のようにもとも土地の構成物の一部である岩石のみを独立に譲渡するような場合に、その行為が営利を目的として継続的に行われたものであるかどうかは、売買の回数、代金額、対象となる資産の数量、当該土地の取得の経緯、当事者間におけるこれらの交渉経過など諸般の事情を総合して判断すべきものと解される。

そこで、先に認定した事実に基づいて、本件岩石の譲渡の営利性、継続性の有無を検討するに、本件岩石の大半は被控訴人らの先祖伝来の土地に埋蔵されていたものではあるけれども、その譲渡契約は、昭和五五年から昭和五九年末まで毎年一二月に五回にわたって締結されていること、被控訴人定雄及び被控訴人強は、これらの譲渡契約による以前の昭和四九年にも本件土地の一部の岩石を浜北砕石に譲渡していること、本件岩石の譲渡の対価は、昭和五五年一二月以降毎月被控訴人らに支払われ、その額は年額合計二一〇〇万円という高額であること、右の譲渡対価は、被控訴人らと浜北砕石との間の相当の交渉を経て決定されたものであり、毎年個別に契約することとしたのは物価の変動に対応して代金を定める意図も含まれていたこと、被控訴人らは、昭和六〇年一一月に、岩石の売買等を行うため有限会社佐鳴興産を設立し、それまでの浜北砕石に対する被控訴人らの立場を右有限会社に引き継がせて営業を行っていることの各事実からすれば、前記の本件岩石の譲渡は、営利を目的として継続的に行われたものと認めるのが相当である。

被控訴人らは、浜北砕石に対しては、昭和五五年に本件岩石を一括して譲渡したものであり、昭和五九年中に同社から支払われた金員は、その代金の分割金であると主張するけれども、右主張のころ、被控訴人らと浜北砕石との間に本件岩石の譲渡に関して、存続期間を一〇年間とすること、その間の譲渡代金の総額として月額一七五万円を支払うとの基本的な合意ができていることは先に認定したとおりであるものの、同時に、譲渡契約は一年ごとに締結し、その中で、将来月額の譲渡代金を右の基本合意と異なって設定する余地があることも予定されていたこと、実際、昭和五五年以降一年ごとに被控訴人らと浜北砕石との間に期間を一年間とする本件岩石の譲渡契約が締結され、当初の譲渡代金月額や採石対象土地が変更されていること、昭和六〇年一一月ころ、有限会社佐鳴興産が設立された後は、前記の基本合意が解約され、被控訴人らと浜北砕石の直接の取引は行われなくなったことなどからすれば、右基本合意のころに本件岩石の一括譲渡契約が成立したと認めることはできない。

また、被控訴人らは、本件所得が譲渡所得に分類されるべきことの根拠の一つとして、所得税基本通達三三-六の三及び同三三-三をあげているが、前者においては営利を目的として継続的に行われる土石等の譲渡はその対象から除外されているものであり、また、後者は「固定資産である不動産」の譲渡に関するものであって、本件岩石のように不動産から分離した物の譲渡について述べたものではないから、右主張は理由がない。なお、被控訴人らは、税務署の指導に基づいて本件所得を譲渡所得として申告したものであるから、行政法上の信義則からみても、譲渡所得として取り扱うべきであると主張し、原審における被控訴人氏原定雄本人尋問の結果中にはこれに沿う供述があるが、これだけでは浜松税務署の担当者が本件について右主張のような指導をしたと認めるには足りず、他に右主張を認めるに足る証拠はないから、右主張はその前提を欠き理由がない。

そうすると、本件岩石の譲渡にかかる本件所得は、営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得として、所得税法三三条所定の譲渡所得には含まれず、また、前記同法三五条掲記のいずれの所得にも該当しないから、雑所得に当たるものというべきである。

三  以上の次第であるから、本件所得が雑所得に当たるものとしてされた本件課税処分には違法はなく、これを取り消した(被控訴人やすについては一部取消し)原判決は相当でないから、これを取り消し、被控訴人らの本件請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条、九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩佐善巳 裁判官小川克介、同市村陽典は、転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 岩佐善巳)

物件目録

一 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 一六番四

地目 山林

地積 二五四平方メートル

二 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 一七番三

地目 山林

地積 二、二二一平方メートル

三 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 一七番一

地目 山林

地積 九九平方メートル

四 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 三〇番四

地目 山林

地積 七九三平方メートル

五 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 三三番

地目 山林

地積 四二九平方メートル

六 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 三〇番一

地目 山林

地積 三、一七三平方メートル

七 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 二五番二

地目 山林

地積 三四七平方メートル

八 所在 浜松市掘谷字西ノ田

地番 一八番

地目 山林

地積 六一一平方メートル

九 所在 浜松市掘谷字西ノ田

地番 一九番

地目 山林

地積 一、三一二平方メートル

一〇 所在 浜松市掘谷字奥ノ谷

地番 二〇番

地目 山林

地積 六六平方メートル

一一 所在 浜松市掘谷字西ノ田

地番 二一番一

地目 山林

地積 (一二と合わせて二、六一八平方メートル)

一二 所在 浜松市掘谷字西ノ田

地番 二一番二

地目 山林

地積 (一一と合わせて二、六一八平方メートル)

一三 所在 浜松市掘谷字西ノ田

地番 二三番一

地目 山林

地積 (一四と合わせて三、五四三平方メートル)

一四 所在 浜松市掘谷字西ノ田

地番 二三番二

地目 山林

地積 (一三と合わせて三、五四三平方メートル)

一五 所在 浜松市掘谷字谷田

地番 二七番

地目 山林

地積 一、〇二八平方メートル

一六 所在 浜松市掘谷字宮ノ尾

地番 二番一

地目 山林

地積 一、七八五平方メートル

一七 所在 浜松市掘谷字宮ノ尾

地番 二番二

地目 山林

地積 一、二二九平方メートル

〈省略〉

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